『 今年の梅雨はどんな梅雨? 』

 

 何とびっくり!今年は5月15日に早々の梅雨入りとなりました。

九州北部では統計を取り始めて史上2番目に早い梅雨入りだそうです。

昨今は梅雨から夏にかけて線状降水帯が頻発し、4年連続の集中豪雨は九州を中心に各地に大きな被害をもたらしてきました。九州北部豪雨に西日本豪雨、令和2年7月豪雨。それぞれの災害の被災者(2度被災した方もおられます)の皆さんは、大変な思いをされて今も日々復興に向けて懸命に取り組んでおられると思います。

 災害の都度色々名前がつけられていますが、多すぎていつの豪雨でどこまで被害がひどかったのか、記憶も曖昧になるくらいです。でも災害列島、今やどこでどんな自然災害が起きても、「まさかあそこでそんな災害が起きるなんて…」とは思わなくなりました。

 僕の生家は福岡と大分の県境にある添田町英彦山の麓にあります。この原稿を書いている6月は英彦山花園のヤマアジサイが見頃を迎えて有名です。

添田町も4年前の九州 北部豪雨で彦山川が氾濫し、小中学校の同級生の生家が流されました。幸い空家になっていて人的な被害はなかったのですが、同級生の家の川向うを走っていた日田彦山線は添田⇔夜明間が被災し、BRTによる復旧がようやく最近決まったところです。わが生家も今は空家とはいえ、いつ同様に被災してもおかしくありません。

 小さい20所帯くらいの集落の一番上流側に位置し、家に隣接している田圃で父の代まで農業をやっていたのですが、樋口姓が数件あるので付いた屋号は「流田(ながれだ)の樋口」。

多分昔から何度も田植えを終えた後、梅雨や台風で田圃が裏の川の氾濫で流れた のでしょう。

今は施設に入っている89歳の父ですが、僕が中学二年生だった昭和50年に旧家 ~田舎の農家特有のわら葺屋根で、玄関先に土間があり奥にはかまど、炊事場、 別棟で納屋や牛小屋もありました~ を一大決心して建替えました。

今思えばその時の父の大英断は、土盛りして2m以上地盤を上げたこと。お金はかかったと思いますが、結果として昭和57年の長崎大水害の時の大雨で、うちの田圃は流れたのですが当時一人家にいた祖母が避難所の公民館に逃げて助かったのも2mの嵩上げで川の水が家に流れ込まなかったことが大きかったと思います。

 最近良く言われる2階建の2階に避難する『垂直避難』や、コロナ禍の現在は感染が心配な方の『在宅避難』など、避難の仕方は色々ありますが、とにかく命あっての再建です。

日頃の備えもそうですが、「自分の所は大丈夫!」といった根拠のない楽観論だけは持たないように、戒めるようにしています。 昨年の台風10号も史上最強の前評判とは違い、結果的に海水温の関係で勢力が早く弱まったのは幸いでした。

ただ僕は台風には痛い思い出があるので、史上最強に備えてバルコニーの片づけをしたり、新聞紙で窓サッシュのレール回りを詰めたり、一通り浸水対策をやりました。天気予報が結果として良い方に外れるのはとても良いこと。『嘘つきの羊飼い』のようにまた外れた、次も外れるよ!と絶対思わないことが身を守る第1歩だと思います。

 今年の梅雨明け予想は7月上旬とのこと、もちろん新型コロナも今まで通り警戒が必要ですが、自然災害からも身を守るためにも小さな身の回りのできる処から備えましょうね!

レッツ~ゴー!

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樋口社長写真

代表取締役 樋口繁樹